Jugendstil

ダルムシュタット

ユーゲントシュティール

ユーゲント・シュティールは、「構成と装飾の一致」(Einheit von Konstruktion und Dekoration)を理念とし、美や快楽と実用性を融合させることを主たる目的としていた。

19世紀末頃の出来事だ。美術・工芸デザインに見られるユーゲントシュティールは、動植物や女性のシルエットなどをモチーフとし、柔らかい曲線美を特徴とする。 一方、やや幾何学的な模様を使用する傾向がある。ユーゲント・シュティールの建築は、簡潔で機能を重視した形体が重んじられる一方、一度限りの芸術性、唯一無二のデザインが尊重される。そのため、「装飾的部分」が残された建築となる。

ユーゲントシュティール

私の心はここに置いてきたままだ。

19世紀末から生きている訳ではないが、私が建築やデザインを学んでいる時代は「モダンデザイン」こそが現代社会を構成していく新たな枠組みとされ、私も何の疑いもなく「コルビュジェ」や「ミースファンデルローエ」そして現代に続くイタリアンモダンデザインなどを「かっこいいなあ」と思いながら学んでいた。モダンデザインが台頭して来た黎明期には「装飾は罪である」とアドルフ・ロースは語り、オットー・ワーグナーの「芸術は必要にのみ従う」という機能主義の主張を更に徹底させることばまで生まれた。

現実の私の設計活動は「コンテナ建築」を今は主にやっている。「装飾は罪である」の最右翼のような活動にしか見えないだろう。「建築はRockだぜ、固くて重いぜ、Heavy_rock!」みたいな(爆)。

rock

しかし、私の結節点は「ユーゲントシュティール」なのだ。セミラティス構造の頭の中で回帰していく部分はユーゲントシュティールに始まり、ウィーン分離派、ゼツェッシオンへと繋がっていく。これらの活動から生まれてきた作品群をみると伝わってくるある種の共通感覚がある。

それは「権威建築」「王宮建築」などから解放された「芸術としての建築」であり、その中で表現されているものは「自由な表現の発露」である。すなわち「人間の証明」なのだ。もちろんその時代の束縛から自由になろうとした活動の結果ではあるが、そこで表現された表現内容の説得力の強さに心を打ち抜かれる。

ユーゲントシュティールは、ドイツのダルムシュタットという街から始まった。そして、その街には「芸術家村」というのが今でも保存され、実際に人も住み生活している。ドイツの比較的小規模な街である。そこをそぞろ歩きながら心打ち抜かれ、その街にまだ感情は置いてきたままだ。この運動をさらに広め結実させ、昇華していったのが「オットーワグナー」だ。そしてまだ生温いと過激な言葉「装飾は罪である」を吐いたアドルフ・ロースの作品を見たまえ、「ちょうどいい装飾具合」だ(爆)。当時、それだけ装飾を排除した建築は「反逆的建築」だったのだ。あ、もちろん民家の話ではないので誤解のないように・・・。

「コルビュジェ」や「ミースファンデルローエ」に対しても畏敬の念を持っているし、モダンデザインの世界で生きてきたけれど、忘れられない原点にユーゲントシュティール、オットーワグナーがいる。

そんな芸術家に私もなりたい。

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