そうだ大学、いこう

そうだ大学、いこう
大学には置き去りにしていたアカデミズムを掘り起こせる芽があるかも知れない。


思い出して京都に行くような感じで、大学に行くのがなんだかとてもいい感じがする。
確かに京都には、忘れかけた頃行くと、いろいろなものが蘇ってくる。

実は、こんな気づかない場所まで読んでいる方は知っているだろうが、たまにやさぐれてIT系の仕事をしたりもしたが(爆)、基本私は長年建築の仕事をして来た。現在は企画設計デザイン力をウリにしているつもりの建築会社を営んでいるつもりだが、実務に追われ自分の中で理想とする建築の仕事の取り組みとは少し違った形で流され始めて来た感じを禁じ得ないといえば嘘じゃないように感じる。いつもの回りのオトナたちからは何の刺激も感じないので、一旦初心に立ち返り、建築とは何かという問いかけを自分の中で行うきっかけを作りたいと考えたりするのです。つまり、「自分再教育プロジェクト(笑)」です。それには明日に向かって走る若い人と混じりながら研鑽し、自分が培って来た良いものは良いものとし、反省すべきは何かを問いかけ、残る人生の中で自分の会社に所属する若い人たちにも充分刺激を与えられる知識と知恵の構造を持った代表者でありたいと考えています。そのような思いは近年膨らみ続けていたのですが、それを実行に移そうと考えた大きな引き金が2つありました。一つは私事なのでいいのですが、最も大きなきっかけは3.11の「TSUNAMI」なのです。TSUNAMI以降の日本では、生活していく日本人の中に大きなパラダイムシフトが起こったと考えています。今こそ我々建築家は建築における「サスティナビリティー」や住宅におけるその本質的「シェルター」としての役割とともに、その文化性や社会性の部分をないがしろにする事なく、もう一度「あるべきいくつもの選択肢」あるいは、その「選択肢を作り出し、提案する能力」が必要となったと考えています。もともと建築家には必要なものだったのでしょうが、「経済活動」という資本主義の王道的なコトバの中に埋もれていたような気がする。建築家の提案物。それらの中から、正しい選択を行いつつ、日本のフィジカルな部分の再構築をはからねばなりません。多くの優秀な学生、教授の中で、沢山の思考の結果として、今信じられる建築の理念の再構築を計りたいと考え、その機会を何らかのカタチで作ろうと考えた結果なのかも知れません。


被災地石巻(筆者写)

最も構築をはかりたい事は「自分の中の建築の理念の再構築」です。これは数多くの見識と、多くの考え方を咀嚼する能力の再構築によって、それを組み立てる骨子が固まるでしょう。建築学は長い歴史を持つアカデミズムの体系ですが、ゆくゆくはその体系の「自分自身バージョン」を自分の中にも構築する事が計画の着地点となるでしょう。しかし、その着地点は、いろいろな研鑽を行って行く中で「収斂的に見え始めるもの」だと考えています。したがって、例えば建築の意匠を考える能力、あるいは長い建築の歴史の中で「時の流れの洗礼にコンテクストを持って残って来たもの」、さらに時の流れの中、技術の流れの中で、建築家が新たに考え出して来たもの、など多岐に渡るセミラティス構造で繋がる、「技術や文化の関連」の中に身を浸して行った時、自分が実際に感じる事が出来る「私の中の建築」を発見する事が計画の目標となるでしょう。大学のシラバスは多くの教授陣が考える「建築の思考構造」を反映させているものだと仮に考えれば、一旦はその中に身を浸しながらその中に横たわっているはずの「建築家としてのモノサシ」を探り当て、自分のモノサシとの距離感をつかみ取る事によって何かが見え始めるはずです。つまり、アカデミズムとしての建築と、私の中の建築が明確になり、その距離感を語れるようになる事がブレイクダウンした具体的計画の一つとなるでしょう。


4階建て、コンテナシステム建築

どこかに恣意的な方向性もあったのでしょうが、私は今「ISOコンテナサイズの建築構造体」を開発し、その組合せによって「再構築」や「移設」をする事が出来るユニット工法のシステム建築を開発し、それを社会にリリースしています。それを「中国」や「韓国」で作る事によって比較的ローコストな建築を作るという仕事を実際に始めています。ローコストという事だけではなく、サスティナブル建築というところに力を入れてきました。ある種メタボリスムです。躯体は「重量鉄骨構造」に分類されるものなので、中国の工場も日本の建築基準法のチェックどころをクリア出来るように育ててきました。これはこれで自分のライフワークになっていますが、建築の世界から見れば微々たる世界です。今回の「自分再教育プロジェクト(笑)」の中で、新たな方向性や、低炭素社会を作る上で「生産地は本当に中国でいいのか」、あるいは「もっと中国の工場にさせねばならぬ事はないのか」、などちょっと考えただけでも課題は山積しています。それらに対する明確な指標をもう一度作りながら、自分のライフワークが広がって行く事を期待してるのかも知れません。また「建築は芸術の一つの分野」であると私も信じています。私の中にある芸術とは「わたくしたちの中に潜む自由な表現の発露を行動に移したもの」だと思っています。比較的一般の芸術に対して建築は機能もあり、用途もあり、総合芸術の一分野と考えていますが、その「人類の総合芸術」に自分自身が参加して行けるようになることが着地点のイメージだと考えています。

建築を志すものたちが集い、集うものたちを束ね、アカデミズムの中心で活動なさっているW大学又は、講義に来られる学外のT大学、G大学などの教授陣の方々に期待するものは大きいのですが、自分自身の中にそのチカラを受け止める能力がないと、能力も育つ余地はないと思っています。アカデミズムの城(大学)に期待するものは、裏返せば自分の中に期待するものと同値であるかも知れません。ただ、自分自身だけでは駆け出す第一歩の初速が足りなかったり、周りの方々の気持ちが勇気になる事も多い事を知っています。ははは、ちょっと自分には似合わない表現をしました。誰にも相談せず独断で生きて行く道に迷いは今もありませんが、自分に開発可能な余地や素養がまだ残っているならば、優秀な人間との交わりで人が大きく育つ事くらいは知っています。
ドイツ国の20世紀初頭のバウハウスの話を時々思い出します。小生がかつて勉強した大学はバウハウスをならって建学したという九州大学の芸術工学部というところでした。やはり手を動かし、理論も伝えようという大学でありましたが、当時の私の素養が足りなかったのでしょう。自分が思っている場所に来ているとはまだ思えない。もう一度基礎も応用もチェックしながら自分の中の整理をするきっかけになれば、アカデミズムクローラー(大学はしご)として終わるのではなく、何かしらの結果、社会を成長させて行くベクトル、を残したいと願っているのかも知れません。


チャーリーとチョコレート工場(爆)
(ロシア構成主義のようなこのデザインは映画セットだったとしてもなぜか心引かれる秀逸なデザインだ)

2012/03/10
archimetal.jp